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火花読みました!面白かった!

先日ついにピースの又吉さん「火花」読みました。

以前から読んでみたいとは思っていたけど、ハードカバーは持ち歩きにくいので買うには至っていなかったけど、文庫本が発売されていたので読んでみることにしました。

 

読んでみた結果、面白かった!

純文学とはこうあるべき!みたいなことは詳しくないのでそういう観点からのコメントしませんが、内容としては面白かったと思う。

 

自分の理想像を実践している先輩神谷。その人と共に行動することで理想に近づきたいと考えていた主人公徳永だが、自分には神谷と同じような振る舞いは出来ないことを痛感する。最後には神谷から「自分らしく生きる」ことを学び、自分も自立した人生を歩まなければならないと決心する。

弟子になってから、この決心に至るまで、徳永は神谷に感覚のズレを感じていく。

 

夢とそれについての結果・評価の前で、自分のしたいことへの純粋さを持つ人間と一般的な感覚の人間が交わっており、本作ではどちらがいいという結論は出していないが、そこにはそれぞれの人間の葛藤があるように感じた。

スパークス最後の漫才もよかった。最後まで芸人としてあろうとした上で、関わった全ての人たちへ気持ちを伝えたいと考えたシーンだった。

 

神谷と徳永は漫才師として成功はしていないが、人生において本気で夢に向かって情熱を注いだ時期は、その人の人生において火花が散った時だと感じた。

 

もし次の作品が出るなら、それも読んでみたいと思います!

 

<しるしを付けておきたい本文箇所>

「大人に怒られなあかん、って確かにどこかで聞いたことあんねん。でもな、聞いたことあるから、自分は知ってるからという理由だけで、その考え方を平凡なものとして否定するのってどうなんやろな?これは、あくまでも否定されるのが嫌ということではなくて、自分がそういう物差しで生きていっていいのかどうかという話やねんけどな。」

 

自分の肉が抉られた傷跡を見て、誰の太刀筋か判別出来ることを得意げに誇っても意味はない。僕は誰かに対して、それと同じ傷跡をつけることは不可能なのだ。なんと間抜けなことだろうか。

 

「神谷さんと同じように、僕だって、僕だけじゃなくて、全ての芸人には自分の面白いと思うことがあるんですよ。でもそれを伝えなあかんから。そこの努力を怠ったら、自分の面白いと思うことがなかったことにされるから。(中略)

捨てたらあかんもん絶対に捨てたくないから、ざるの目細かくしてるんですよ。ほんなら、ざるに無駄なもん沢山入ってくるかもしらんけど、こんなもん僕だって、いつでも捨てられるんですよ。捨てられることだけを誇らんといてくださいよ。」

 

必要がないことを時間をかけてやり続けることは怖いだろう?一度しかない人生において、結果が全く出ないかもしれないことに挑戦するのは怖いだろう。無駄なことを排除するということは、危険を回避するということだ。臆病でも、勘違いでも、救いようのない馬鹿でもいい、リスクだらけの舞台に立ち、常識を覆すことに全力で挑める者だけが漫才師になれるのだ。